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bebeDECO /〈山歩きに山旅・キャンプに呑み食い〉⇒うつつをぬかすmemo的ウェブログ
左と右と山 〈5〉

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左と右と山 〈4〉からの続き。

9月8日
7:00 ♪川の流れのように♪で目を覚ましてしまう。私の目覚ましか!?
5分おきに何度も何度も流れる♪もはや目覚まし時計の役割を果たしていない。
今朝から車椅子でトイレに行って良し!

朝、気持ち悪くて食事を半分しか摂れなかった。珍しい、どうしたんだろう。
「痛み止め(麻薬のようなもの)の点滴を入れっぱなしで、ずっと横になっていたのに、急に起き上がり動き回ったせいで気分が悪くなったのかな、横になってて下さい。」と看護師に言われる。
こういう事があるから手術当日はベッドから降りるのを禁止しているのかもしれないなと思った。

回診、消毒する。「1週間入院して抜糸して退院しましょう。」

リハビリ
右足の爪先を軽く地面に着く程度で松葉杖開始。
マッサージをしてもらい、足首を曲げ角度測定をする。

夜、痛み止めと抗生剤の点滴が終わり、点滴針も抜けてスッキリした。
痛み止めの点滴をするとだるくて眠くてたまらなかった。


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9月9日
12:15 回診
主治医お休みにつき、院長による消毒。いつも穏やかで優雅でお洒落な革靴を履いている院長に
「あらぁ〜〜〜きれいに縫われていますね〜〜〜」と褒められる。

15:05 リハビリ
いつも通り、理学療法士が迎えに来て病室から出ようとすると、「熱あるでしょ、計って!」と怖い顔で言われる。
「え?ないですよ、ないない、今、日当たりが良くて体が暑いですけど。」なのに、「熱あったよ!!」と引かない。
どうやら今日の体温の変動をチェックして来たぽい。
そういえば、37.1℃→37.4℃→37.1℃だったような気がするな・・・
平熱が低い私にしては高めか。なんか、プールに入りたくて体温を嘘付いちゃう小学生に返った気分だ。
計ると36.9℃、ホッ。ではリハビリ室へ行こう!と一歩踏み出すと、
「右足!体重かけ過ぎ!!今、普通に歩こうとしたでしょ!!!」と注意される。

今日は細かいぞ、なんだ?主治医の差し金か?移動中も、
「3度目だと思って油断しちゃ駄目だよ。体重はまだ1/3までしかかけちゃ駄目だからね。」
とダメダメダメダメ散々言われる。まあ確かに気の緩みはあるかも、気を付けよう。リハビリ室に着くといつもの優しい歌のお兄さんに戻り、
「足首、今日になって急に曲がるようになりましたね〜痛くないですか〜大丈夫ですか〜」てな調子だ。
マッサージをしてもらい、足首の曲げ伸ばし、角度測定、床に散らしたお手玉を足の指で掴んでカゴに入れたり、床に敷いたタオルを足の指でたぐり寄せたり、き、禁断の体重計飛び石渡りもやったわよ、もう。

♪川の流れのように♪は朝7:00、昼12:00、夕17:00に流れると判明する。


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9月10日
9:00 洗髪
不思議と髪を洗っただけで入浴と同等の効果があるような気がするのだが。それ位さっぱりする。

11:05 リハビリ
松葉杖で体重1/2までかけて良し。
昨日と同様に足首の曲げ伸ばし、足の指を使う訓練、親指だけ動かしたり、親指以外の4本指を動かしたり。う、うまく動かん。
併せて、左足も衰えないようにいつものタオル潰しで膝上の筋トレ、左片足スクワット、左片足踵上げをする。

14:00 夫、見舞いに来る
せっかくだから頭の匂いを嗅いでもらう。

前のベッドのお婆ちゃんがバレーボールの試合を観ながら
「皆、背が高いわね〜」と言うのが可笑しくて可笑しくて(´∀`)

9月11日
9:00と15:00 リハビリ
片松葉杖で良し。ふくらはぎが右足の方が1cm細い。誤差0.5cmまでが許容範囲だそう。
椅子に座って右足に4kgのおもりを載せて踵上げ、重さが足らず2kg追加して踵上げする。
この1年の間で右足が細くなり、左足が細くなり、また右足が細くなった。
人間の足も微妙なバランスの上に成り立っているんだなぁ。そうそう、突然、
「右足首に捻挫癖はありますか?」と聞かれ、身に覚えがありドキリとする。
テーピングやサポーターで保護したほうがいいかもと言われる。よくわかったな、すごいね。



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9月12日
朝、消毒ついでに傷口を見させてもらう。手術前には
「前回と全く同じ所を切りますが、金具を除去しづらい場合は前の傷口よりも大きくなるかもしれない。」
と説明を受けた。だが蓋を開けてみると、もとの傷口(※)よりも内側を切り、傷口は上3cm、下3cmの2ヶ所だった。
その間を切られていないのは何故かと聞くと、「傷は小さいほうがいいと思って。今日から松葉杖取ってもいいぞ。」と。
「やったーーー!」(北の国からの蛍ちゃんふうに無邪気に)、「そ、そんなに急がんでもいいからな。」ってどっちよ。
看護師曰く、真ん中を切ってないのは先生の美的センスらしい・・・本当かぁ?(-_-;)

10:00 洗髪してスッキリ

14:50 リハビリ
松葉杖取れる。スクワット、踵上げを病室でもやるように!
片足立ちは足の指ばかりを頼らず、重心を足の中心にずらし、足の裏全体で支えるように!
どうやら指で地面を掴みすぎているようだ。主治医がリハビリ室に来て偉そうにしていた。


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9月13日
朝の消毒のあと、主治医と話した。
1月(北横岳)、2月(日光澤温泉赤城山長七郎奥日光庵滝)、3月(蛸テント泊西吾妻中遠見)の山行で感じた痛みについて、
全て山の何処で痛んだのか鮮明に憶えている。
日光澤温泉と庵滝の何処で?と思われるだろうが、ほんの1m、2mの段差を登れはしても簡単には降りられないのである。右足首を様々な方向に動かしてみて少しでも痛くない向きを見つけたり、ステップを切ったりしてその場を凌いだ。
きっと良くない痛みで、無闇に踏み込んではいけないという防衛本能が働いていたのかもしれない。
日光澤温泉では女夫渕Pを出発して2つ目の大きな橋を渡る手前の、長くて急な階段が雪に埋もれて急斜面になっており、マズイ・・・と思う前に山仲間の克ちゃんがステップを切ってくれたのだった。まぁ、“タコ”を切るほうが上手だけどね。
急な下りや段差、トラバースをアイゼンもしくはワカンを装着時に足首がどの様な状態になるのか、身振り手振りを交えて説明した。


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先生が、「とらばあす???」と反応すればその都度説明し直した。痛みを我慢して踏み込んでいいのか、凄く不安だった。
「今の状態ならば、痛くても思いっきり足を踏み込んでもいいよ。かさぶたの様なものや癒着している部分が剥がれる時は痛いけど、大丈夫だから。」って、はい、わかりました!

9:30 リハビリ
ふくらはぎの太さ測定の結果、右足がまだ0.8cm細いそう。椅子に座った姿勢で太腿に6キロのおもりを載せて踵上げ。
ベッドに座り、爪先にゴムチューブを引っ掛け、テンションを掛けた状態で足首を前後に動かす。
私からの希望で、キャンプのテント泊に備え、地べたに座る練習もする。コツを掴めばなんてことない。
階段の昇り降りで、右足首は傷口の痛み以外の違和感はないが、“ACLの左膝”には引き続きモヤモヤ感があった。


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9月14日
9:00 回診
まず、先生「革はどこに買いに行くんですか?」、私「浅草です。」と意味のない会話をし、半抜糸、消毒をする。
これまでも何度も聞いているが、現在進行系で気になって仕方ないことをしつこく尋ねる。
左足のほうが片足立ちでは安定感があるのに、階段を降りる時に噛み合わせが悪く感じたり、時々、ミシッ、キシッ、コリッとした感覚がするのがどうも気になる。
(新しい靭帯が)膝に馴染むまで違和感があると思うが徐々に慣れてくる、みたいな返答をもらうも、いまいちピンと来ない。
新しい革靴や新しい革のグローブ、新しい革のバッグも体に馴染むまで時間が掛かるのと一緒ってことなのかな。これからも懲りずにまた聞いてみようっと。

13:30 リハビリ
初めましての理学療法士(ちんちくりんメガネ男子)が見かけによらず、がっつり筋トレ派の方で、私もムキになって、疲れてない!痛くない!まだまだイケる!ふりをして大変疲れた。

右隣のベッドのオババに、退院してもリハビリに来なければならないみたいなんだけど、あなたも来るの?
私、カーブスに月15日間通ってるから、それじゃあダメかしら?ここのリハビリ、疲れちゃうのよ。
私の担当の人(なんと、ちんちくりんメガネ男子だった)キツイことさせるのよ。
カーブス、いいわよ〜あなたも入ったら〜と、誘われる。~_~;

9月15日 退院日
11:00 リハビリ
足首の前後方向への可動域は左右差なし、入院中のおさらいの動きを一通りこなす。
次回からのリハビリはまた“左膝メイン”になると思いますとのこと。


右足関節脱臼骨折・抜釘手術あと

15:00 全抜糸
透明な粘着テープを貼られ、“入浴”のお許しが出る。がしかし、今日はダメで明日からねと仰る。
丸10日間、体を洗っていない。今夜、パーティーがなくて良かったわ♡
看護師に、「セ、センセイ、ちょっと磯部さんの荷物見て下さい!」とチクられる。デカザックで入院しに来ただけだ。
「それ背負って帰るつもりですか?」の看護師の声に先生の眉毛が反応し、眉間に縦皺4本現れてしまう。
「いや、や、ザックの中身の半分は枕ですから、軽いですよ。」と説明するも信じてもらえず、
「山の枕か!?(意味不明)ちょっと持ってみてもいいか!?」と持ち上げ出す始末で、
「思っていたよりも軽かった。」って、ほれほれ、もう勘弁してよ。

てな具合で退院しました。つづく
 



《右足関節脱臼骨折 抜釘手術後〜入院生活〜退院》まで
 
| ACLと骨折 | 12:01 | comments(2) | -
左と右と山 〈4〉

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左と右と山 〈3〉からの続き。

2017年7月25日
まだ正座が出来ない。30%くらいの確率で正座をしづらくなる方も居るようだ。
正座のリハビリは自分から願い出てリハビリメニューに加えてもらった。
なぜならば、

夫は以前より何故か牢名主が好きで、私の亡き母にも生前、元気ハツラツだった頃、
「お前のかーちゃん、牢名主みたいだな!」と言ってた記憶がある。
右足首骨折の入院時、4人部屋に私が1人でベッドの上に座ってただけなのに、
「お前、すっかりこの部屋の牢名主だな!」とか、
今春の小布施散歩の後、「草笛」の座敷で私だけ座布団を10枚重ねた上に座って蕎麦をすする姿を見て笑いながら、
「やっぱりお前は牢名主だ!」と言い放ったのである。
なぜだ?牢名主の家系?牢名主の気(け)があるとか?牢名主体質なのか?
とにかく、いちいちうるさいんで正座は出来るようにしておきたい。
下山後は蕎麦屋に寄る機会も多いし、大人数だと座敷に通されるから。

7月28日 リハビリ

7月29日 ウォーキング15km
夫と上野〜秋葉〜神田を何往復もして、伝説のポケモン、“フリーザー”と“ルギア”を捕まえる。

8月1日 リハビリ
一昨日の歩きすぎのせいか、膝の皿の下の骨が痛くむくんでいる。

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8月4日 診察&リハビリ
15km程度の歩きなら問題ないとのこと。
理学療法士に「会うたびに黒くなっていますね。」、主治医にも「なんでそんなに外で遊ぶのが好きなの?」と言われる始末。
これでもしっかり日焼け止め塗ってるんだけどな。
「膝、しっかり安定してきたでしょう?外れる感じは全くなくなってきたでしょう?」と聞かれても、実感がないから、
「まだ、正直わかりません。」と答えるしかなく、「安定してきて良くなった!と言われると思ったのに・・・」と残念がられても困る。

8月8日 リハビリ
ふくらはぎが常に張り気味なので、伸ばすストレッチを怠らないで下さいと言われる。

8月18日 診察&リハビリ
明日は我が身かも?と、主治医にマダニの相談をする。
「もしもいつか“マダニに噛まれたら”診てくれますか?」
看護師にしてみれば「それは皮膚科ね〜」となるが、
「先生の方が手術に慣れてるし、そんなの簡単なんじゃないですか?」と迫ると
「うーん、やってみてもいいけど・・・」と言ってくれる。(´∀`)

8月22日 リハビリ
近所の空き地でバレーボール大の“真っ白なキノコ”が生えてた話をすると、「オニフスベですかね。」と即答され驚く。
おじいちゃんちによく生えていて足で踏み潰して遊んでいたそうな。
ホコリタケのようにほこり(胞子)が舞い上がるんだそうな。

8月25日 リハビリ
朝、起き抜けに痙ったふくらはぎの痛みが残っているので入念に伸ばす。
正座をするために膝の皿を動かす。皿の横の脂肪体?が少し硬いみたいだ。
ベッドの上に力を抜いて座り、膝の皿を下に動かし、膝に力を入れ皿を上に戻す。
正座は一気に座ろうとせず、枕や畳んだバスタオルを膝裏に挟んで、少しずつ様子を見ながら行う。
バスタオル3枚をかませた所まで曲がるようになった。


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〈3歩歩くと忘れちゃうんで、リハビリ絵日記を欠かさずつけています〉


スポーツ復帰を目指し、傷害予防も兼ねたアスレチックトレーニングのようなことをやってる訳だが、そもそも私レベルの登山はスポーツなのか???って話はナシの方向でお願いします。心がゆれる。

9月1日 診察&リハビリ
まず、左膝がらみの診察で登山復帰は軽めの山行で手術から6ヶ月後、あなたは無理して何かしでかしそうだから通常の山行で手術から8ヶ月後と言われている。
特に内側への “捻り” は厳禁なんだそうだ。
そして、抜釘を控えている右足首の違和感や痛みについては、手術によって取れるかもしれないし取れないかもしれない、取れると思ってやりましょう、術後2週間は安静に、との事。

右足首のレントゲン写真を写メで撮らせて貰う。
「山の日記かなんか付けてるの?」と先生。
「右足首骨折がなければ左膝手術もなかったと思う。その記録を付けておきたい。」
と告げると、
「そういえば左膝の手術をずいぶんと嫌がっていたよね〜怖かったの?」と聞くので、
「怖くねーし!」と言ってやった、心の中で。
鼻高々に「お陰で左足の大切さがよーーーくわかったでしょ、フフ〜ン。手術まで体調整えて風邪ひかないようにね、フフ〜ン。」だってさ。

暇なとき、テレビを見ながら膝の皿をしょちゅう動かしていたお陰か、正座の練習はバスタオル1枚まで曲がるようになる。
理学療法士から、右足首の硬さと不安定さを気に掛けていて、抜釘したら終わりではなく、足首に柔軟性を持たせつつ安定させていきたいと思ってるという事を聞く。
手術前日まで筋トレを怠らないように、右足は2〜3日動かせなくなるから踵上げをして鍛えておくようにと指示がある。


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9月6日 入院 11:00 夫、付いて来る
朝、家でシャワーを浴び、ムダ毛のお手入れ、爪切りを済ませておく。
入院手続きをして病室へ通される。麻酔科医の説明、今回は全身麻酔のみ。
ハンバーガー”を昼飯にしようと決めてたのに、病院食も用意されており、外出届やら何やらと面倒な手続きをするようで、潔く病院食をスタートさせる。
いいの、タニタ食堂と何ら変わりないと思えば。メインの魚のムニエル風の横に付いていたデザートのゼリーを夫から「煮こごりか?」と言われても気にしない。ひどいお人だわ。

主治医来る。
「明日急患がなければ、オペ9:30〜、家族の人には9:00に来て貰って下さい。
ギプスはなし。神経も切るから痺れが出る場合もあるから。痛いからね!」

前のベッドのお婆ちゃんにいきなり
「高橋さん、お煎餅ありがとう!」と挨拶される。( ఠ_ఠ )
私の旧姓だったのもあり、一瞬びっくりした。

15:00〜リハビリ
両足の踵上げ、足首の角度測定など。

18:00〜中華風な夕食を済ませたら、眠くて眠くて21時前に寝てしまった。



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9月7日 右足関節脱臼骨折・抜釘手術 9:30〜

6:00
点滴用の針を入れる。

7:00
突然、♪川の流れのように♪のメロディが流れる。
前のベッドのお婆ちゃんの目覚まし時計だった。

8:00
主治医来る。「今になって心配なこと不安なことありますか?」って。ないです。

8:30
患部洗浄してもらい、左足に弾性ソックスを履く。今回はソックスも足を高くする枕も持参、慣れたもんだ。術後は患部のむくみ防止で足を高くして寝るのだが、高さが微妙で高すぎても低すぎても駄目だそうで、家にある通販生活の枕が丁度良い塩梅なのだ。

9:00
夫、来る。車椅子で手術室へ移動。3回目のオペでやっと周囲を見る余裕が出てきた。私の周りで4〜5人が絶えずカチャカチャ作業している。とても手際が良い。まるで自分が工場の流れ作業のラインに乗った商品のように思えてくる。ジロジロとチェックするも、口にマスクを当てられあっという間に意識を失う。

9:30〜11:30
手術終了(オペ自体は1時間程度)
骨折した時の手術の痛みは広範囲で足首全体がずっしりと重い鈍痛であったが、抜釘手術は切って縫った箇所がピンポイントで痛い。動かさず、じっとしていれば痛くはない。喉の痛みも軽い。そんなことよりもだるくてねむい・・・

今回は全身麻酔だけだからなのか、トイレはベッド上でだ。
なるべく溜めて溜めて、2回だけで済ませた。ベッド上での差し込み便器がどうにもこうにも小さく感じて、的を外しそうで恐いのである。
看護師と介護士に何度も「ここらへんでいいですか?この位置で大丈夫ですか?」と確認してしまう。慣れたら簡単なのかもしれないがそこに行き着くまではハードルが高いと思う。
ギプスでの固定もなく、体も自由に動かせるので腰も痛まずぐっすり眠れた。
 



《ACLリハビリ〜右足関節脱臼骨折 抜釘手術》まで

左と右と山〈5〉へ続く
| ACLと骨折 | 10:38 | comments(2) | -
左と右と山 〈3〉

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左と右と山 〈2〉からの続き。
 
2017年4月4日仏滅 ACL手術
朝食抜き、水分摂取は9:00まで可、快便につき浣腸なし、早朝から点滴、足の洗浄、消毒、ストレッチャーに乗せられ手術室へ運ばれる。
手術台に乗り移り、寝ころんだ姿勢で横向きになり背中を丸め、脊髄に下半身麻酔(硬膜外麻酔)の管(カテーテル)を入れるための局部麻酔をする。
これが一瞬なんだけど鋭痛で、背中がのけ反りそうになった。
局部麻酔が効いたら、細い管(カテーテル)を背骨?脊髄?沿いに入れていく。
入れられている感覚はあるが痛くはなく、かえって気味悪い。
それが終わると口にマスクを当てられ、その後の記憶は一切なし。

ほぼ予定通り、12:00〜16:00で手術終了。
主治医の「丸山くん、ありがとう!」の声で目覚めると、急に体がガタガタ震え、酸素マスクを当てられ、電気毛布にくるまれストレッチャーで病室へ運ばれる。
痛みはさほどないが、足が重く、体が熱く、喉が痛む。
電気毛布を外してもらい、水が飲みたいとお願いするも、まだダメよと。
足の付け根からふくらはぎの下までを覆う装具を付けられ24時間冷却装置をはめられているため、前回の足首の時よりも更に身動きが取れない。
動かせないことによる腰の痛みでまたしても30分寝ては起きての繰り返し。
やっぱりね、患部の痛みよりもはるかにこっちの痛みの方が辛いんだな。

背中には下半身麻酔の管が入ったままで、患部が痛ければ自分でボタンを押して痛み止めの薬を流せる仕組みになっている。
術後すぐ、少しだけ痛んだので1回押したきり、その後は激しい痛みもなく、翌日、背中の管は抜いてもらった。

そう!今回何よりも嬉しかったのはオシッコの管をつけてくれて自然に放出できるようにしてくれた事。
何て快適なんだろう!出してる感覚はないのにしっかりオシッコが出ている不思議。
こっちの方が看護師も楽だと思うのだけど、どうなんだろう。

4月5日
朝から調子良好、傷口の消毒、背中の麻酔管を抜く(痛みなし)
オシッコの管を抜く。たっぷり1.5リットルも出ていた(痛みなし)
主治医よりオペの説明
「18ミリの傷が1つ、10ミリ以下の傷が3つ、私がこの病院で行ったオペの中では一番小さな傷口で済みました。半月板も見ましたが傷付いてなかったです。」
と、まぁ良かったこと!
リハビリ 11:00〜
ベッドに寝たまま膝を下に押しつけたり、足を上げたり、軽い動きのみ。
ベッドから降りて足を下ろすと左足全体が巨大な心臓の様にバクバク激しい鼓動を打つ。痛みはない。

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曲がらない装具


4月6日
腕の点滴を外す。傷口の消毒。
CT撮影 12:00〜
リハビリ 13:40〜

4月7日
リハビリ 10:00〜 16:20〜

4月8日
リハビリ 15:00〜
足を下ろしてもあまりジンジンしなくなった。

4月9日(日)
リハビリ 10:00〜 ベッドで寝ころんで左足を上げ時計回り、反時計回りに回したり。

4月10日
リハビリ 14:30〜 リハビリ室にて
初めて膝を85°まで曲げる。松葉杖有りで荷重2/3まで着いて可。
未来のなでしこJAPANの女子高生がACLのリハビリを全身プルプルさせながらがっつりやってる姿に心を打たれる。
なんとか12月の大会までに間に合わせるんだそうだ。
あろうことか二度目の受傷だそう。辛抱たまらんかっただろうに。

ていうか、知らぬ間に自分もアスレチックトレーニングの部類に入れられていた。
恥ずかしい。
皆若くて、ガチでスポーツをやっている方たちばかり、もちろん、ぽっちゃりさんなんて居る筈もない。
いいの?あきらかに私だけ毛色が違くないかい?
3歩歩くと忘れてしまうんだけど、思わずお腹を引っ込めてしまった。
はぁ・・・痩せたい、でも食べたい。
夜、夫が自分の黒酢唐揚げ弁当持参で見舞いに来る。呑気なもんだ。

4月11日
リハビリ 13:00〜
膝を曲げられる装具を装着開始し、95°まで曲げる。
歩行が一気にしやすくなる。曲がるって自由〜
寝る時だけは足全体を包み込む様に固定し、膝を曲げられない装具をつける。
装具は曲がるのと曲がらないの、2種類を使い分けていた。

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曲がる装具


4月12日
リハビリ 14:00〜
装具をつけて105°まで曲げる。
痛みはないが腿がパンパンに張ってそれ以上曲げられない。
全荷重かけて可。片松葉杖になる。
痛み止めの飲み薬も終わり。

4月13日
リハビリ 9:00〜
装具をつけて115°まで曲げる。
全荷重、片松葉杖のままだが、病室内だけは松葉杖なしで可。
8割抜糸する。
太い注射で膝関節の中の水を抜いてもらう。赤い血のような色だった。24cc採れた。
お陰でだいぶ膝が曲がりやすくなった。
あまり痛くないので溜まったらじゃんじゃん抜いてもらおう。
夜、夫が自分のロコモコ弁当持参で見舞いに来る。おデブちゃん。

4月14日
リハビリ 9:00〜
ベッドの上で足を伸ばしたまま膝の下に丸めたタオルを敷き、膝でタオルを押し潰す、という筋トレ開始。
膝のお皿を上に動かすイメージで、膝の上の筋肉をつける。
立って踵上げ、膝を曲げて踵上げ、片足踵上げ、スクワットも開始。これらは現在も毎日継続中。


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病院食ともお別れか・・・


4月15日 退院

4月21日
膝の腫れがなかなか引かず、また注射で水を抜いてもらう。だいぶ血の混ざらぬ色になってきた。
いつまでも杖をついていると歩き方に変な癖がつくからと注意され松葉杖を返却する。
リハビリでは曲げる以外にも伸ばす動作を開始する。
伸ばすなんて楽勝と思いきや、の、のびない!(☉_☉)

4月25日
リハビリ 9:00〜
ゆっくり時間をかけてもらってもなかなか0°まで伸びない。

4月28日
レントゲン撮影(移植した靱帯は写らないが、靱帯を固定した金具を見て何やら確認するのだそう)
また膝の水を抜いてもらう。
リハビリ 10:00〜
なんとか0°まで伸びた!
それに合わせ、装具の角度も0°まで伸びるよう調整して貰う。
この頃から筋トレ寄りのリハビリへ移行。

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曲がる装具をつけたまま、ゴムバンドで膝を引き寄せ曲げるリハビリ


手術後、2ヶ月間は自分が何かしでかしてしまわないか、不安でたまらなかった。(´ε` )

ACL再建手術では私の場合、自分のハムストリングスを膝の横あたりから抜き取って、それを新たな前十字靱帯として移植した。
ハムストリングスが一度壊死して靱帯として再生するのである。すごいよね。
完全に死んでいる期間が2ヶ月位あってその間は「弱々・よわよわ」なんだそう。
細心の注意を払い安静にしていても転ぶときは転ぶだろうし、車や自転車や人とぶつかることもあるかもしれない。
さすがに酔ってひっくり返るのだけは洒落にならないから当分の間は禁酒だ。

装具を付けてさえいれば、捻ってはいけない方向へは曲がらないはず、私の膝を守ってくれるのはこの装具だけなのである。
装具を付けている安心感、装具への信頼感たるやもう絶大すぎて、いつしか装具依存症に陥っていくのであった。大袈裟じゃなく。
そんな装具を外さなければならない時がある。

“入浴時”だ。

風呂だけは装具を付けたままでは入れない。申し訳ないが夫には2ヶ月間一緒に風呂に入ってもらった。わっはっはっ
介助する側も真っ裸というおとぼけスタイルで、夫いわく、『地獄の風呂』だったそう。
はじめは恐怖でよちよち歩き、椅子に座るのも一苦労で介助してもらってたが、慣れてくると一通り自分で出来るようになる。
が、
「滑って転ぶかもしれないから!!」と理由を付け、ずっと見張ってもらっていた。( ఠ_ఠ )
それくらい神経質になっていたのは事実、2ヶ月間は。

2ヶ月を過ぎると薄情なもので、私の方から「もういい加減、1人で風呂入りたいんだけど。」と言い出し、装具を付けてさえいれば、あんな事やこんな事をやっちゃってもいいんじゃないの〜と気持ちにも変化が現れはじめた。
人間だもの。by けいこ

6月9日
寝る時は曲がらない装具、起きている時は曲がる装具、と24時間つけっぱなしだったのが、寝る時と家に居る時は外して可となる。
膝も140°まで曲がるようになった。


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外出時は曲がる装具をつけた。


7月7日
家の外でも装具を外して可。
足場の良い平らな所であれば、装具を付けたまま軽いジョギングしても可。
ただし、充分気をつける事、調子に乗って油断しない事、今、再断裂するようなことがあればメンタルが持ちませんよ!と釘を刺される。
まぁ確かにそうだろう。早速、近所の運動公園ジョギングコースを走ってみた。
たった1kmだけど、まずまずな調子。

7月21日
装具外してジョギング可。
暑くて走れないんで、毎朝5kmウォーキング、週末15kmウォーキングをしている。
膝に水が溜まって少し浮腫んだり、膝の皿の下の骨が軽く痛んだりするが、足を動かすようになるのと同時に今まで動いていなかった骨やら何やらも動くようになり、痛んでいるだけなので問題なしとのこと。

リハビリは週に2回、それ以外は家で自主トレをほぼ毎日やっているものの、
まだ膝の力の入り方が完全ではなく、反応も遅く感じる。
駅などの長い階段を下りる時、途中で膝がモヤモヤして、“噛み合わせ”が悪いような感覚になる。
もっと膝まわりの筋肉、持久力をつけ、新しい靱帯がしっくりくるように膝に覚え込ませないと。
ただ、左足を集中的にトレーニングしたお陰か、せいか、片足立ちは左足の方がバランスを取りやすくなってしまった。
右足は骨折の後遺症なのか、足首を左右に捻ると少し痛みがあり、若干バランスもとりづらいように感じる。
プレートとネジが入っている違和感もかなりある。

で、右足の抜釘手術(骨を固定してたプレートとネジの除去手術)を9月頭にすることにした。
足首が少しでもスッキリしてくれるといいな。
 



《ACL手術〜入院生活〜退院リハビリ中》まで

左と右と山〈4〉へ続く
| ACLと骨折 | 12:05 | comments(2) | -
左と右と山 〈2〉
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左と右と山 〈1〉からの続き。

2016年10月13日 右足関節脱臼骨折手術
起き抜けにいきなり、ウンコが出なければカンチョーしますわよと脅される。
朝食は抜き、栄養ドリンク1パックだけ飲むのを許される。快便につき浣腸はなし。ホッ♡
お腹空いたなーとゴロゴロしてると看護師がやって来て、毛を剃られ、洗浄、消毒、ブルーのシートでぐるぐる巻かれ、点滴用の針を腕に刺される。
朝っぱらから激しいプレイだった。初めての体験ばかりで胸がワクドキ♡だった。

ほぼ予定通り、手術は11:00〜14:00で全身麻酔から目覚める。
酸素マスクを当てられ、様々な機器や線をガチャガチャ付けられ、ストレッチャーで病室へ移動。
夫の顔があり、とりあえず動かせそうな舌を出し左右にペロペロと高速で動かすと、ギョギョギョーーーッとした表情をされる。
後で聞くと、コイツ、麻酔で頭がイカれてしまったのか!?と思ったそうな。

電気毛布でくるまれ、とにかく暑い、そして喉が猛烈に痛い。
毛布はすぐに外してもらい、水をおねだりするも、まだ飲んじゃダメよと仰る。
そうこうしてるうちに患部に痛みが出てきた。
耐えられなければ座薬を入れてくれるそうだが、そこまでの痛みでもなく、座薬はお断り申し上げた。

それよりも一晩中ベッドの上で身動きが取れず、トイレもベッドの上で済ませる事の方が辛かった。
点滴を流しっぱなしなので水を飲んでいなくてもオシッコは沢山出るし、動けないとこんなにも腰が痛くなるとは・・・。患部の痛みよりも腰の痛みで眠れず、30分おきに寝たり起きたり、その都度体を数センチ動かしたりの繰り返し。
仕事とはいえ、看護師も介護士もエラいわ、心底そう思った。


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2016年10月14日
朝食を済ませ、朝一で軽いリハビリ。
ギプスで固定されてるため、足の指を動かす程度しか出来ないが、こまめに動かすことによって治りも早くなるから気が付いたら動かすようにして下さいと言われる。
車椅子に乗る練習をし、トイレまで自力で行けるようになる。やったー


患部の消毒、リハビリ、時々シャンプー、半抜糸、同室の方の観察、看護師介護士理学療法士とのY談、全抜糸などをして羽を伸ばし気味な日々を過ごす。


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歳をとるにつれ初体験というのは少なくなってくる。
例えば、術後1週間で入浴のお許しが出たのだが、1週間洗ってない足の臭いも未知の領域であったし、看護師に見られながら素っ裸でスケベイス(のようなイス)に座らされたのも初めてだった。
座らせたことはあるけれど♡ 嘘、嘘。

あるいは、術後10日〜右足を地面に着けるようになり、いきなり全体重は乗せられないので、体重の1/3、2/3、3/3、てな具合に荷重を徐々に増やしていく。
正確な重さを測るため、体重を自己申告し、飛び石のように並べた体重計の上を歩かされる。
さすがにこの場において体重のサバを読むことは出来なかった。

が、しかし、大菩薩嶺で骨折したとき、はじめは丸川荘の只木さんが自力で下ろそうとしたらしく、体重を聞かれておぶさった。
「あと10歳若ければ担いで下ろせたのになぁ。」
と仰っていましたが、あの、その、すみません、5キロほど嘘をついていました。(´д`)
同行してた山仲間キキさんが、なぜか、
「ねぇ!体重、ホント?ホント?嘘ついてない?」
としつこく聞いてきたのだが、あれは一体なんだったのだろう。バレていたのか?
ぽっちゃりさんはこんなくだらない事で日々悩んでいるのである。


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2016年10月29日 退院
不安、好奇心、痛み、痛みの緩和、辱め、喜び、罪悪感、魂の解放?
毎日くるくる変化してあっという間だった。楽しかったんだろう。
病気じゃないんでそんなユルい入院生活だった。
短い夏が終わってしまうような寂しさがあったりなんかして。


退院後、診察1週間に1回、リハビリ1週間に2回だったのが、診察2週間に1回、リハビリ1週間に1回と回数が減り、松葉杖も片方ずつ取れ、足首を固定する装具は24時間付けっぱなしではあるが、歩く距離を少しずつ伸ばしていった。
歩きすぎると患部が熱を持ち腫れが酷くなり先生に怒られるので、こまめにアイシングをし、加減しながら、がっつり歩いた。


骨折箇所はプレートとネジで固定しているから安心して無理をした。
旧日光街道歩き1
旧日光街道歩き1(裏)
旧日光街道歩き2
旧日光街道歩き2(裏)

これくらいの山ならいけるんじゃないか?と装具を付けたまま登ろうと試みたが結局ダメだった。
高峰温泉の水ノ塔山

装具の両サイドに入っている硬い芯が当たって激痛がしたり、そもそも芯のお陰で足首は曲がらないのである。
曲がらなければ坂道は歩けず、登山靴も靴によっては装具を装着したままではきつくて入らなかったりで、ダメなもんはダメなのだ。


2017年1月6日
歩行時に必ず装着しなければならなかった装具を外しても良いとお許しが出る。
・復活の日和田山歩き
・お礼参りの丸川荘歩き

いつのまにやら雪山の季節になり、ひょっとしたら歩きやすくていいんじゃないか?
ヘタに岩や石コロや恐怖の木の根っこがあるよりいいんじゃないの!?
しめしめと思った。
直登はイケる!けど、トラバースや下山時、足首が少しでも外側に折れ曲がると痛くて困ってしまった。
特にアイゼンやワカン装着時のトラバースは足を真っ平らに保つことなんて出来ないので厄介だった。


今までACLの左足をかばい、右足だけを頼りに歩いてきたのに、その頼みの綱の右足がこんな情けない状態だとは・・・マズイなぁ。
この頃から左膝の手術を考えるようになった。


タイミング良く、ACL(+半月板損傷)の手術経験者の「いちにち」の雅ちゃんとの出会いもあり、こんなに見事に華麗に登山復帰できてるのなら私もやってみてもいいかなと、気持ちが傾き始めた。
手術に対するリスク、メンタル、モチベーション、リハビリ、思うことは色々あった。
年齢も引っかかっていた。私と同い年の雅ちゃんが手術をしたのはもう10年以上も前のこと。
まだ若かったしガンガン山を登りたかったから、手術以外は考えられなかったと。
私、47歳、微妙なお年頃であった。

だましだましでもいけるだろうが、そうじゃない登山もしてみたい。
第一、ACL用のサポーターは窮屈で夏場は暑くて蒸れてかぶれて痒くて不快なのに、結局は気安めで何度も膝崩れを起こしてるし、なんかもう嫌ーーーーー!!!!!と思い始めた時点で、もう答えは出ていた。


そうだ 手術、やろう。 ACL東日本


まぁ雅ちゃんはきっかけに過ぎず、右足首骨折した時に左膝手術は決まっていたんだと思う。
ACL手術に到るまでの話が長くなったのは、ネットで検索しても登山者のACLに関しての記事は少なかったから。
スキー、サッカー、フットサル、バスケ、バレー、アメフトなんかの記事は沢山ヒットするのにね。
手術を決意するまで長い間悩んだので、順を追って書き記しておきたかった。


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決心を主治医に告げる。年齢的にもまだ大丈夫とのこと。

先生の表情は変わらなかったが鼻の穴が少し膨らみ、嬉しそうな鼻の穴をしていた、マジで。
右足首がほぼほぼ完璧な状態になる頃を見計らい、かつ、春休みやGW前の若い学生で手術が混む時期を避けた。


4/4(火)仏滅を提案される。先生に「ヨンヨンぶつめつ、死ね死ね仏滅ですね、わかりました。」と言うと、
「そういうの気にするんですか?いや、実際気にされる方多いんですけど。」と言うので、
「全く気にしません。空いてる日がいいです。」で、手術日決定。


入院前にはまた検査(採血、採尿、心電図、肺活量など)をして、4/3(月)11:00に入院する。
入院手続きを済ませ、病室へ案内される。麻酔科医の説明、今回は全身麻酔と下半身麻酔(硬膜外麻酔)の2つを併用する。
下半身麻酔は背中に細い管(カテーテル)を入れ麻酔液を流すらしい。
手術担当看護師の説明、7割方は前回と同じ顔ぶれで安心する。
隣のベッドの人工関節手術をしたお婆ちゃんが昼食を済ませたと思ったらすぐさま高いびきで眠り続けた。
なのに夕方、「眠れないので今晩も睡眠薬くれませんか?」と看護師にお願いしてる。~_~;
お陰で手術前の緊張がほぐれた。病院って面白い。
 

《右足関節脱臼骨折手術〜入院生活〜退院リハビリ〜山復帰〜ACL手術決心》まで

左と右と山〈3〉に続く
| ACLと骨折 | 12:37 | comments(4) | -
左と右と山 〈1〉
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20数年前だろうか、スキーの時の転倒により、左膝前十字靱帯(ACL)を断裂していたっぽい。映画「私をスキーに連れてって」で始まったスキーブームの真っ只中だった。
断裂したといっても日常生活するぶんには全く支障はなく、極度の病院嫌いもあり、受診もせず、ACLとは無縁の暮らしをしていた。ただ、今思えば階段を下りる時、膝関節が軽く外れそうになる感覚は年に数回あった気がする。その後もちょいちょいスノーボードをやったり・・・、知らないって恐ろしい。




時は流れ2010年、山登りにハマり、毎週末山へ向かった。
始めのうちは体力もないから奥武蔵の低山をゆっくり慎重に短い距離を歩いた。筋力や持久力が付いてくると、もっと高く遠い所へという思いが募り、スピードを出すようになった。
調子に乗ってピョンピョン跳びはねながら小走りで下山していると、左足着地時に左膝関節が外れそうになる事も度々あり、気にはなっていた。そちらの分野に明るい山仲間のくにさんに相談すると、「ACLかも。」と即答された。
ACL?何だそれ?すぐに検索した。
あぁ思い当たる節が多いや、ACLかもな・・・と意識しながらも相変わらず週末は山へ出掛けた。




2015年7月11日。
四阿山での下山時、前をゆっくり歩くおばちゃん2人を交わそうとしてスピードを上げた瞬間、ザレ場の小石でズズズーーーッッと足を滑らせバランスを崩し、左膝関節がゴリッと激しく外れた。
関節はすぐにはまったが激痛もあり、さすがにマズいと直感でわかった。登山口まではあと1時間ちょっとある、さっさと降りないと!
なんとか下山し、高速道路のSAでトイレに行こうとしたら、左足がパンパンに腫れて曲がらず歩行困難になっていた。早めに降りて良かった。この状態の足で下山なんて無理だったろう。

翌日、整形外科を受診し、レントゲンとMRIを撮り、「うーん、膝前十字靱帯がないんだけど、心当たりある?」「明後日ならスポーツ整形の先生が居るけど、膝に詳しいからもう一度診てもらう?」の言葉に従い、そちらへ回して貰った。その方が、後に“主治医”となる。

2日経っても腫れは全然引かず歩きづらいのなんので、先生に診せるなり、「だいぶ水が溜まっちゃってるから、注射で抜いてあげようか?」と言われるも拒否。注射大嫌い。(´ε`;) 今ならさっさと抜いて楽にして下さいとお願いしてただろうに。
前回同様、「膝前十字靱帯が切れていて無い、その残骸も見当たらない、だいぶ前に何かやった?」と聞かれ経緯を説明すると、「登山復帰してずっと続けたいのなら、手術しないとダメだよ。」と告げられる。
この時、自分の中には“手術”という選択肢はなく、保存療法でいきたいという意志を伝えた。自然に腫れが引くまで、結局、1ヶ月もかかってしまった。

2週間に1回診察、1週間に2回筋トレメインのリハビリを開始する。
診察といってもこれ以上診ることもないので毎回色んな話をした。とにかく何度もしつこく、

「ACLだけなら治せる。だけどこの先何度も膝崩れを繰り返せば、半月板、軟骨を傷付けるよ。」
「軟骨を傷付け、人工関節になったら、山登りなんて出来なくなる。」
「あなたは10年後にはお婆ちゃんの様な膝になる、そうなってからでは遅いんだよ。」

と言われた。そうなりたくないから何とかしたいからリハビリを続けているのに、私もムカついて反抗的な態度をとったりした。中学生か!

「じゃあ毎回テーピングで固定して山登りますよ!」と言えば、
「テーピングはガチガチに固めても1時間しか持たない。すぐに緩むよ。」と返され、
「柔道の野村だってACLやった時、テーピングで固めて試合に出てましたよ!」と言えば、
「最終的には野村だって手術したでしょ。」と返される。ふ〜やれやれだ。そして、
「色々と調べる事は大切だけど、この件に関しては手術しないとダメ。」と大抵先生にやり込められるのだ。

リハビリ4ヶ月目位から、先生の態度もやんわりしてきて、
「このままリハビリを頑張ってなんとかベストの状態の6割まで戻るといいね。」
「病院のリハビリ室をスポーツジムだと思って理学療法士に相談して利用して下さい。」
なーんて言うようになってきた。どうしたんだ!?

「最近はどお?」と近況を聞かれると、私も馬鹿正直に、「うーん、実はその後2〜3回軽く、軽くですよ、外れそうになりました。」と言うものだから、そうするとまた豹変して怖い目で睨むのだ。
終わりの見えないリハビリは年末年始の浮かれて乱れた生活を境に6ヶ月弱で挫折した。



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今の自分に出来る事って何だろう?
膝関節が外れるのは決まって下山時で左足を着く瞬間だから、一歩一歩、本当に一歩一歩、着地を意識して降りる。あまりにも段差があったり、明らかに足場が不安定な所は右足から着地する。
それが困難な場合は面倒だけど左足をゆっくり着いて膝が外れていないのを確認してから右足を足場から離す。かなり慎重な足運びを心掛けた。
そんな歩き方をしてるから下りはコースタイムよりも時間がかかる事も多くなり、それを取り返すため上りで飛ばすという、よくわからない歩き方をするようになっていった。

道具では、ダブルストックはとても頼りになり有効だった。必需品。
ACL用の、膝の両側にワイヤーが入っているハードなサポーターも必ず毎回装着して歩いていた。
膝下の骨が前に飛び出して関節が外れないように、膝下をかっちり押さえつけて固定するタイプの、固定され過ぎて膝が曲がりづらく歩きづらいタイプのサポーターだった。
夏は暑くて蒸れて痒くなっても装着しないよりかは効果はあるだろうと信じて使用していた。

常に「だましだまし」とか「どうしようもない」って言葉に付きまとわれていたけど、山に登ればそんな事どうでも良いくらい楽しんでいた。



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そして2年と2ヶ月後、思わぬ所で落とし穴にはまった。

2016年10月10日
大菩薩嶺での山行にてまさかの“右足関節脱臼骨折”である。
今、思い返してももう本当に山から降ろしてくれた人達に私は足を向けて寝られません。

まさか骨折してるとは思っておらず、足以外は元気なもので当然お腹も空く。病院に診察のお願いの電話だけは入れておき、道の駅で鹿肉のキーマカレーを食べたり、野菜を買ったりしつつ、ゆっくり地元の病院へ向かった。
休日診療のため、都合良く整形外科医が居るはずもなく、麻酔科医に診てもらうと、「折れてますね。」と。
レントゲン画像を覗き込むと確かに折れてる。応急処置で簡易的なシーネ(添え木)をしてもらい、懐かしいリハビリ室で松葉杖の使い方を習い、主治医の居る明後日に再来院すると伝えて帰った。

2016年10月12日
診察日、始め先生は目をパチクリさせキョトンとしていたが、すぐに状況を飲み込み、「今日入院!!明日手術!!」「明日、誰か付き添える家族の人居る?」
「それから左足は大丈夫だった?本当は手術しなければならないのは左足なんだからね!!」と一気にまくし立ててきた。
「へ?手術ですか?綺麗にポッキリ折れてるんでギプスで固定すればすぐにくっ付くかと・・・」と聞くと、「あなたは何でも簡単に考えてるけどこれは大変な骨折だからね!!」
ここまで言われたら観念するしかない。

手術は夫に付き添ってもらおう。手術の日、同じ病院内で健康診断を受ける予定だったが、それよりももっと精密な手術前検査をこれから受けて貰うから!と健診は先生にキャンセルさせられた。
検査を終え、一旦帰宅し、入浴、爪切り、夕食、入院準備を済ませて病院に戻る。
入院手続き、一昨日応急処置してくれた麻酔科医から全身麻酔の説明、手術担当看護師から手術中の説明、主治医によるシーネで足の固定、バタバタひっきりなしに人が来て、終わったのが22時近く、慌ただしい一日であった。
 

《左膝前十字靱帯断裂〜膝くずれ〜保存治療〜リハビリ挫折〜右足関節脱臼骨折》まで

左と右と山〈2〉に続く
| ACLと骨折 | 19:21 | comments(2) | -
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