総務はつらいよ

「事件ですか?事故ですか?」

「いやぁそれはまだどちらかわからないんですけど、
えーと、私は〇〇町の〇〇団地に住んでいる者で、同じ団地の住人の家の水道がずっと出しっぱなしになっていると連絡を受け、見に来ました」

水の音が聞こえる事、ポストに新聞が溜まっている事、玄関扉の鍵が開いてるのに応答がない事、私の名前、住所、電話番号、水漏れしている方の名前、住所、その方と私の関係、通報した経緯をひと通り伝える。

「わかりました。パトカーと救急車をそちらに向かわせます」

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寒い日だった。

午前9時頃、水道の検針員がOさん宅を訪れ、玄関の呼び鈴を鳴らすも応答なし。玄関扉が施錠されていなかったため、扉を開け声を掛けるも応答せず。
団地管理を委託しているK社へ連絡する。

K社の担当者が私の夫へ連絡する。
団地の管理組合の理事長(90歳)と副理事長との連絡がとれないため、
申し訳ないのですが、総務のbebeさんに確認をしてきてほしい。
この日、夫は出社日であった。

午前10時頃、私の携帯電話が鳴る。
「こんな事たのんで悪いんだけど、K社から電話があり、
かくかくしかじかこれこれこういう訳で、見に行ってきてくれないか?
もしもの事があるかもしれないから、1人で行かないで。
あとあと大変な事になるかもしれない、Nちゃん(うちの向かいの住人80歳)かMさん(隣の住人)に声掛けて2人以上で行ってきて」

私の第一声は、
「やだやだやだやだーーーーーー!」
「それってもしもの事になってるよ!無理無理ーーーーー!」

けど、今すぐ見に行けるのは私しか居ないんだよなぁ・・・

隣のMさんの自転車は無い。
毎日、カーブスや俳句教室や地域のお助け隊やシルバー人材派遣やらで、
外出の多いNちゃん(80歳)の自転車はタイミングが良いのか悪いのか有る!
お願いすると快く引き受けてくれた。
以前、色々と問題があった家かもしれないという話を聞かされながら、
2人で徒歩3分程のその家に向かう。

玄関の呼び鈴に応答なし。玄関灯は点けっぱなし。
玄関の左に風呂場の窓があり、そこから絶えずダバダバと水の流れる音がする。
「確かに水の音がするよ」
とNちゃんに話しかけると、先回りしてポストの中を確認中であった。
「回覧板、2冊も溜まってるし、新聞も1週間ぶんくらい溜まってるわよ」
そしてすかさず、Nちゃんは隣人のおじいさんに、
「Oさんを最近見かけましたか?」
と聞きに行ってた。なんて機転が利く80歳なんだ!
隣人のおじいさんは
「ずっと見かけてないし、ここ16年は口も聞いてない」
と言う。Oさんはあまり近所付き合いをしてないことがわかってきた。

さてと、これはちょっとまずいな。玄関扉を開けるのも躊躇うよ。
そーっと扉を開け、数cmの隙間から、薄目でとりあえず何も無いことを確認してから、反射的に匂いもくんくん嗅ぎ、覚悟を決めて完全に扉を開いた。

きれいに片付いている玄関のタタキには、明らかに家の外から脱いで、
家の中へ上がったと見られる黒いクロックスふうのサンダルが1足だけ、
無造作に脱ぎ捨てられていた。これで確信した、中に居るんだなぁと。

「Oさん!Oさん!!!居ますか!」
声を掛けても、しーんと静まり返り、脱ぎ捨てられた黒いサンダルだけが
妙に躍動感があって、それ以外は時が止まっているようだった。

この先に進むのはさすがに無理なんで、すぐに外に出て、
夫に電話をし、警察を呼ぶと伝える。すると、
「家の中に入って、ちゃんとOさんの確認をしたの?Oさんは居たの?」
と信じられないようなことを言ってくるではないか!
ふざけんな!こんにゃろ!バカヤロ!とにかく警察呼ぶからな!
と吐き捨て、電話を切ってやった。とんだ大バカ野郎だ。

そして110番通報に至る。

 

パトカーを待つ間、やっと連絡のとれた理事長(90歳)が自転車でやって来て、すぐにでも家の中に入っていきそうな勢いだったので、引き止めた。
そしたら、水道の元栓くらいは止めておくかいと言ってガレージの横にある元栓を閉めに行ってしまった。この人なら、中に入って確認できただろうし、本当はすぐにでも見つけてあげたかったのかもしれないなと思った。うちでは驚異の90歳と呼んでいる。

5分も経たないうちにパトカーが、その後すぐに消防車と救急車も到着した。サイレンの音とともに近所の住人もちらほらと集まり、パトカーから降りてきた警察官に「K子さんはどちらですか?」と呼ばれ、また1から経緯を話す。
結局、①通報時、電話越しに②パトカーの警察官に③救急車の救助隊に④現場検証をする人に、同じ説明を4回した。なんだかなぁ、またかぁ、共有してくれないかなぁと思ったが、仕方あるまい。

消防車と救急車は待機し、警察官が家の中に入り、すぐに出てきて、防護服を着た救急隊員とともにまた中へ入る。消防車は帰される。家の中から出てきた救急隊員にすべて話すと救急車も帰っていった。入れ替わるように警察の白いハイエースが到着し、現場検証をするような人達が降りてきて、またすべて話す。

固唾を呑んで見守っていた住人たち(皆さんご高齢)が堰を切ったように話出し、
「救急車が帰ったってことは、Oさんは元気だったのね!」とか、
「20年前位にOさんのご主人(故人)が拡声器で外に向かってわめき出して大変だった」「自治会の役員になってくれず困った」「迷惑だった」「警察呼んだ」「役場に記録が残ってるから見てくれ!」とか要領を得ない話や過去の記憶や不満が噴出しはじめる。
理事長は孫が来るからと家に帰ってしまい、Nちゃんも寒くてトイレに行きたくなっちゃったから一旦帰るけど又来るねと居なくなり、あぁ私も早く家に帰りたい。

Oさんは大丈夫だったのか?の問に
警察官がそれは言えません、答えられませんの一点張りではっきりとした返事をしないから、住人の皆さんは何十年も前の話をするしかなく、
警察官も話は全て聞くスタンスなのか?それが仕事なのか?
私が聞いてても???なおかしい話をきちんと最後まで聞くので、
いつまでたっても話が終わらない。
やはりOさんは近所付き合いがなく、Oさんの親族について聞かれても答えられる人は居なかった。最後にOさんを見かけたのはお向かいの住人で1月6日に雪かきをしていたそうな。

昼過ぎに、
「もう帰ってもらって構いません。もしかしたら、また電話するかもしれません」と言われ、Nちゃんと帰ってきた。道すがら、Nちゃんは
「私もいつこうなるかわからないから、気をつけないと。すぐに娘に連絡がいくように、娘の連絡先を書いたものを冷蔵庫に貼っておくわ」
みたいな話をしてた気がする。

直後は、私に確認に行かせた、管理会社の担当者と夫に対して腸が煮えくり返る思いで暴言を吐いた。すぐに行けたのは私で、誰かがOさんの家の状況を見て判断し、警察に通報するしかなかった。一刻を争う事態だってあるかもしれないのになぁとか色々考えるとモヤモヤが残る。

 

今年度の理事会の総務の任期は4月末迄で、これから1年の活動の総まとめの総会準備で忙しくなるそうだけど、今回の件が総務の1番の大仕事だったのは間違いない。今までも友達連中には総務の愚痴をこぼしてきた。総務はつらいよ。

翌日、夫はNちゃん宅にケーキを持ってお礼とお詫びに行った。

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