
そもそもなぜ『月山』だったのか。きっかけは「いちにち」の雅ちゃんのSNSで見た羽黒山だった。
克ちゃんの写真は実物よりも何割増しかで綺麗なのはわかってる。雅ちゃんが撮った写真に惹かれたってことは実物はもっといいと確信した。褒めてるのか貶してるのかわからないがそういう訳で、まずは羽黒山を決め、その次に『月山』が付いてきた。

8/24(日)
4:30起床 5:30「志津野営場」出発

6:15「出羽三山神社」P到着
羽黒山頂までの1.7kmの参道の両側に立つ杉並木は、右側284本、左側301本の総数585本で推定樹齢300~500年を超える。

祓川に掛かる神橋

須賀の滝
昔々、出羽三山詣での人々は祓川で身を清めてから、三山へ向かったそうな。

爺杉(じじスギ) 樹齢1000年以上といわれる。

近くに婆杉(ばばスギ)ってのもあったんだってよ!と嬉しそうに言ってくる夫がちょっとうざかった。

羽黒山五重塔

五重塔マニアでもないのに、ここで物凄い枚数の写真を撮って、あとでスマホのアルバムを見てびっくりした。

私のアルバムが五重塔だらけなんだけど。

※うんちくbebe日和:羽黒山の五重塔の屋根は「杮(こけら)葺き」と呼ばれ、小割りにした薄い板材を幾重にも重ねて葺く手法で構成されている。
施工には大変な手間を要するが、その分、耐水性・耐久性に優れ、見た目の美しさも際立つ。が‥遠くからはそんなに目立たないのが残念。
この技法は、金閣寺や桂離宮の屋根にも用いられている。

山頂まで続く2446段の石段

石段には33個の絵(亀、ひょうたん、天狗、盃など)が彫られ、全て見つけると願いが叶うといわれてるそうな。

そうとはを知らずに2~3個見かけ、悪い奴の仕業だな、この罰当たりめ!と勘違いしてた。

二の坂茶屋
力餅食べたいな~

山伏と行者

先頭と最後尾の方だけが法螺貝をぶら下げていた。

黒光りしてる石段はツルツル滑る。良い子は滑らない靴で行こうね。

羽黒山の三神合祭殿
出羽三山(月山、羽黒山、湯殿山、)の三神を祀っている。冬になると月山(標高1984m)、湯殿山(標高1500m)は積雪で登拝できなくなるため、冬でも参拝可能な羽黒山(標高414m)に三神を祀ったと伝えられている。

月山は前世、羽黒山は現世、湯殿山は来世とされている。現世の羽黒山から入り、前世の月山で死とよみがえりの修行をして、来世の湯殿山で再生の巡礼をして、生まれ変わるのだそう。ふ~ん

※うんちくbebe日和:羽黒山三神合祭殿の屋根は、厚さ2.1メートルにも及ぶ茅葺き(萱葺き)で、その張り出した断面は圧巻である。
火に弱く、葺き替えにも大変な労力を要することを除けば、茅は厚みを増すほどに断熱性・耐水性・吸音性・通気性に優れた屋根材となる。

両側に居る黒いお相撲さんが肩で屋根を支えている。

鏡池

お!松尾芭蕉先生!
石碑に刻まれていた三山の句
『涼しさやほの三か月の羽黒山』 羽黒山
『語られぬ湯殿にぬらす袂かな』 湯殿山
『雲の峰いくつ崩て月の山』 月山
今まで気にも留めなかったけど、俳句の会に入ってから気にして見るようになった。来月の句会には月山と羽黒山の句を出そう。

お社が沢山
末社といわれるお社があちこちにあり、八百万の神々が祀られている。ふ~ん

羽黒山東照宮
羽黒山の山頂標識はないが、山頂はこの辺り。

帰りは南谷を抜ける山道で下る。

道は付いてるが蜘蛛の巣だらけ。

広くて平らな湿地の辺りが芭蕉先生が滞在した寺の跡地だと思う。

ここだな。
南谷の寺でお世話になった方達への感謝の一句
『有難や雪をかほらす南谷』

崩落箇所あり

杉並木の参道との分岐に通行止めの看板あり。上ってきた時は気付かなかったな。
後日、出羽三山神社に電話して、神社から南谷への下りの取り付きに通行止めの看板がなかったため、通ってしまったと報告した。
そしたら、そこを通る人は滅多に居なくて、祭りの準備で私達が使うだけですから大丈夫です~みたいなゆるい返事をいただいた。ふ~ん

左・参道 右・南谷

二の坂茶屋
餅のいいかおりがするのにまだ開いてないよー残念。

また五重塔

汗だくで入口の随神門に戻ってきた。さてゆっくり帰るとするか。

『そば処ふもと』(克雅オススメ)

冷たい肉そば、ゲソ唐揚げをいただく。美味しい。
隣の席の人が食べていた冷たい山菜蕎麦には月山筍が2本のってた!

そば屋を出て、寒河江IC~阿武隈ICまで200kmを2時間半、運転頑張った。
高速道路はだいぶ慣れてきた。あとは近所の住宅街のくねくね道と車庫入れを頑張ろーーー
おしまい。
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最高点の標高: 432 m
最低点の標高: 145 m
累積標高(上り): 466 m
累積標高(下り): -469 m
総所要時間: 02:39:53